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17世紀、江戸初期。幕府による激しいキリシタン弾圧下の長崎。日本で捕らえられ棄教(信仰を捨てる事)したとされる高名な宣教師フェレイラを追い、弟子のロドリゴとガルペは日本人キチジローの手引きでマカオから長崎へと潜入する。日本にたどりついた彼らは想像を絶する光景に驚愕しつつも、その中で弾圧を逃れた“隠れキリシタン”と呼ばれる日本人らと出会う。それも束の間、幕府の取り締まりは厳しさを増し、キチジローの裏切りにより遂にロドリゴらも囚われの身に。


  

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更新日:2019/2/28
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よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話 (KCデラックス)
著: いしい さや 出版社: 講談社 発売日: 2017/12/20

「とある宗教」に傾倒する母親との日々を、「二世信者」である娘の視点から描いた実録マンガ『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』(いしいさや/講談社)。100%実話として描かれた本作の内容は、実に衝撃的だ。

 世間の子たちと同じようにオシャレすることも恋をすることも禁じられ、毎週、「聖書の教えを勉強する」集会や「奉仕」と呼ばれる布教活動に駆り出される。そこには選択の自由などない。物語の主人公、そして著者であるいしいさやさんの幼少期は、きっと想像がつかないほど苦しいものだっただろう。本作を描こうと思ったきっかけから、幼少期のエピソード、そして今後の展望までをご本人に広く伺った。


  

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2022/2/4 20:00
オウム真理教元教祖の麻原彰晃(しょうこう)元死刑囚=本名・松本智津夫(ちづお)、執行時(63)=の長男(29)が、自身の誕生日を祝う宗教的行事の実施を拒否したのに強行されたとして、オウムの後継団体「アレフ」と幹部らに損害賠償などを求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(岡正晶裁判長)は、アレフ側の上告を棄却する決定をした。長男の宗教的な呼称や写真の使用差し止め、30万円の支払いを命じた2審東京高裁判決が確定した。


  

浮遊霊となったヒロシくんに、くまこさんがインタビューした [怪談師ナナシロチャンネル]

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半信半疑ながら見ている「くまこ」さんの霊体験シリーズ。
今回は道端を徘徊しているヒロシさんに2回目のインタビュー。この人(霊)は実在するのか?


https://youtu.be/njq4ry8TsNE


くまこさんの話は、よくあるオドロオドロした霊体験と違って突飛で面白い。
どこまで本当なのか幻想なのか知らんけど。本当っぽく見える。どうなんだ?
普通の怪談にはあまり興味ないので、チャンネル主のナナシロさん単独の動画は見ていない。・・・すんません。ゴメンナサイ。


くまこのカジュアル霊界通信
https://www.youtube.com/playlist?list=PL5fq3AoahaSjkyY5v-pRwQmZqyRtqeZok

くまこナナシロのぞっとしない話
https://www.youtube.com/playlist?list=PL5fq3AoahaSiTV_wKbTDtTPXWGZlHMiHr
  

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11/3(日) 19:27
 事件は1989年、今から30年前の11月4日未明に発生した。
 午前3時頃、横浜市磯子区のアパート2階に、6人の男たちが忍び込み、就寝中の坂本堤弁護士(当時33)一家に襲いかかった。

「子どもだけは……」
 妻の都子さん(同29)が、長男龍彦ちゃん(同1)の命乞いをしたり、犯人の指を咬んだりして抵抗したが、抑え込まれた。3人は首を絞められたり、口を押さえられたりして窒息死した。
続き https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20191103-00149458/
  

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2019年07月23日 20時00分
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1907/23/news102.html


やっぱりそうなのか……と思ってしまう部分も。[宮原れい,ねとらぼ]
 『鬼畜島』や『殺戮モルフ』で知られるホラー漫画家・外薗昌也先生(@hokazonomasaya)が4コマ漫画で公開した、怪談取材での苦労話がいろいろな意味で興味深いです。


 リアリティーのあるホラー作品を描くため、恐怖体験の取材を行っている外薗先生。しかし、その怖い“体験談”を聞いていくと話の途中で矛盾が生まれ、それを指摘すると「細かい事気にすんなよ」と笑いながら返されてしまう、なんてことがたまにある……と思いきや、そういった「作り話が多すぎる」とのこと。そうなのか……。

 また仕事柄、頼んでもないのに霊能者を紹介されるため、偽物か本物かを判定する方法として、先生自身がフォトショップで「偽の心霊写真」を作成。すると、やってきた“自称霊能者”は同写真を100%真に受けるそうです。霊能者より先生の方が一枚上手……!
続き https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1907/23/news102.html
  

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2019/8/15 07:00
https://www.j-cast.com/2019/08/15365038.html?p=all

 お盆で墓参りをする人も多いこの季節、ツイッターで「墓石に水をかけて良いのかどうか」という疑問と、それに対する葬儀会社の見解が注目された。

 見解を投稿したのは「佐藤葬祭」の佐藤信顕(のぶあき)社長。「キレイにするには上から丁寧に水をかけて洗ってあげてください」と水かけをはっきり肯定したことで注目されている。改めて詳しく話を聞いた。

■「仏教的でもなんでもないから、みんな墓はキレイにしてあげていい」

 佐藤社長は2019年8月14日、ツイッターで寄せられた「テレビで、お墓の上から水をかけてはいけないと、やってました。宗派によって違うのでしょうか?」という質問に答える形で、「宗派によって違うんじゃなくて、墓の事情によってやり方が異なりますから、習俗風習によるんです。水をかけるのは灌頂(かんじょう)と言って仏教的にも諸仏と縁を結ぶために頭頂に水を注ぐ形もあるので、間違いなんていえないと思います」と投稿した。

 佐藤社長は、墓石への水かけは「掃除」であり、水をかけていいかどうかについて「仏教的でもなんでもないから、みんな墓はキレイにしてあげていいよ。葬儀屋のおじさんが保証する」としている。その上で

  「上から水をかけちゃいけないんだったら、雨はどこから降ってくるんだって話だし、屋外に置くなよってことになるんじゃないですか、キレイにするには上から丁寧に水をかけて洗ってあげてください」

と改めて水かけを肯定した。
続き https://www.j-cast.com/2019/08/15365038.html?p=all
  

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2019/08/18 15:00
https://toyokeizai.net/articles/-/288858

遺骨をお墓に納める風習は、いつから始まったのでしょうか? 蝉丸Pが時代背景とともに遺骨の歴史を解説します

先祖の遺骨を守ることが「供養」につながると思っている人は多い。だが、実は遺骨を守る風習は最近生まれたものであることをご存じだろうか。新書『住職という生き方』を上梓し、今年で住職歴17年となる蝉丸P氏が「住職のリアル」について語る。第2回のテーマは「遺骨をめぐる日本人の価値観の変遷」について。


遺骨を守るのは明治以降のこと
江戸時代ぐらいだったら、位牌だけを管理していればよかったので、遺体とか遺骨とかに重きを置いていませんでした。ましてや庶民には現代のような「家」制度もありませんでしたから、自分の直近の見知った人の位牌だけあればよかった。それでお祭りする人がいなければ絶えてしまうわけですが、それで結構という価値観だったのです。

昔は位牌だけをちゃんと拝んでいればよかったのに、そのうちにお仏壇も見なきゃいけない、その後にお仏壇と位牌がセットになり、さらにお骨も見なきゃいけないと、管理すべきものが増えていったのです。
続き https://toyokeizai.net/articles/-/288858
  

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2019年08月29日 15:15
1989年、坂本一家失踪事件により疑いの目が向けられたオウム真理教は、その世間の関心度の高さを利用して数多くのバラエティ番組に出演。逆に「好感度」を上げてしまう。特に罪深かったのは、若い世代に人気のあったチベット仏教の専門家だった――。

■罪深き文化人たち
坂本一家殺害事件(当時は、失踪事件)でオウム真理教に世間の関心が集まると、オウムはそれを巧みに利用した。あるワイドショーに麻原彰晃が生出演して潔白を主張すれば、別の番組では麻原の単独インタビューをタレ流す。さらに別の番組には、教団施設の内部を撮らせるといった具合だ。

報道は事件の本質を見失い、麻原夫妻に馴れ初めを語らせたり、「空中浮揚」や「水中クンバカ」など、麻原の超能力とやらを面白おかしく取り上げる。果てはビートたけしやとんねるずの番組に出演させるなど、バラエティータレントのような扱いに変質していく。オウムの潔白を印象づけるばかりか、何も知らない視聴者に「オウムって面白そうだ」というイメージを与えかねないハシャぎようだった。

テレビ局やタレントも無責任だったが、一部の宗教学者が、麻原を宗教的に優れていると評価し、オウムにお墨付きを与えたことはさらに罪深い。島田裕巳、吉本隆明、山折哲雄、栗本慎一郎といった学者諸氏だ。

とりわけ問題なのが、チベット仏教の専門家として、若い世代にも人気のある中沢新一氏だった。
続き https://blogos.com/article/400902/
  

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2018-01-22 11:24:44 光岡英稔 @McLaird44
二礼二拍手一礼は、結論から言えば敗戦後の昭和23年(1948)にあった「神社祭式行事作法」改正が直接の根拠です。ただし、これは神職(一般にいう神主)の祝詞奏上にともなう作法で、「再拝、祝詞奏上、再拝、二拍手、一拝」。
  

怪しい○○連盟本部の小さい看板

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(2018/04/09改)

前に、何じゃこれ? と思っていた看板を写してきた。

れいのうしゃれんめいほんぶ1

れいのうしゃれんめいほんぶ

日本霊能者連盟本部?
日本占い師連盟本部?
んーー、怪しく安っぽく古ぼけた、日本○○連盟本部シリーズ。
・・・ここを見ませんように
追記
ホームページもある。メディアではちょこちょこ取り上げられているらしい。
宗教法人売買の仲介までやっていた。
れいのうほんぶサイト



右側自転車の女性、元の大きい画像サイズだと表情がはっきり分かる。こちらを見ていて目が合うのだ。写してるときは気付かなかった。こういうのがあるから人通りのあるところは困る。不快だったかもしれない。私も他人のカメラに映り込むのが嫌いなので、申し訳ない。
  

國譯一切經 阿含部1 良品1000円すぐに飛びついた

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ネットで見つけた「國譯一切經 印度撰述部 阿含部1」千円ぽっきりだった。送料足してもむちゃくちゃ安い。発行日が平成10年(改定8刷)だったので、まだ新しい方なのは分かっていた。だからこれはいいと思って即決したのだが、実物を見ないと分からない。送られてきたものはと言うと、ほぼ新品同様のピッカピカ。貼られた値札を剥がしたあとが残っている程度だった。ありがたやぁ。今は古書店の共同ウェブサイトがあるので探しやすく、すごく便利な時代だ。こんな掘り出し物にお目にかかるとは。

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この一巻は以前持っていたけれど、かなり状態が悪かったので処分していた。 ただその中から、漢訳阿含とパーリ仏典ニカーヤの対照表なんかをばらして残していた。念のため保存していたんだけれど、研究者ではないからそこまで読まないし、結局は不要だった。
安くて美しいものを入手してとっても嬉しいのだけれど、いまや読書がつらくなってきているので、いつ読めるかは分からない、、、w 値段の安さで所有欲がわき、また持ちものが増えただけとも言えるか。さすがに古い分は要らないので処分しよう。

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山口貴士 @otakulawyer
https://twitter.com/otakulawyer/status/778490799713419264

カルト問題に長年取り組んで来た弁護士として言わせてもらうと、クライアントに「前世」、「因縁」、「カルマ」や「オーラ」の話をするカウンセラーとは速やかに縁を切った方が良い。

2016年9月21日 16:07
  

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最終更新(最下部) 09/12  23:01

(更新 13:26)

阿含宗の桐山教祖が先月末に死亡したという噂?
今のところ教団公式サイトでは動きが見られず、
個人のフェイスブック発信を1件見ただけなのでよく分からない。
事実なのか、デマなのか。
わざわざリンクするほどではない胡散臭い人物に見えるなw
岡林 且訓 6時間前 · 東京都 町田市 ·
 阿含宗管長桐山晴雄大僧正が8月29日午後八時未明 亡くなられました! https://www.facebook.com/permalink.php?id=1759130056&story_fbid=10201964095141514
午後八時未明って何だよ?
この発信者は、「かの創価学会の総帥池田大作が亡くなってすでに三年。」と書いている。
池田氏重病説は噂ではあるが、死亡したなんて話は聞いたことがない(デマならあるが)。
事実なら盛大に葬式やっているはずだよ。とすると、桐山死亡もデマなのか?

桐山氏の墓は、20~30年前にはもう用意してあった。
まだ若めのころ日雇い人夫として大阪府のある広い霊園へ除草剤をまきに行った。
そこには巨大な自然石を使った生前墓があり、「阿含宗開祖桐山靖雄」だか何だかという銘が入っていた。
早めに作ってた方が風情は出るだろうな。
その霊園はどこか別の宗教法人の土地だった。



追記更新 14:02
・・・記事更新すると、ブログ村に新着として表示されるのが困るときあるな。
このトピックなんて、最初、「阿含宗桐山管長が亡くなったらしい。墓は昔から用意してある。」
というタイトルつけてて、今表示されている。
これだと、デマだったら私まで拡散することになったら迷惑だな。ごめんなさいー。

最初のタイトル書いたあとすぐに「本当なのか、デマなのか?」と変え、次に「亡くなったというのはデマじゃないのか?」と変えている。重大なことなのに思い付きでパッパと書いてちゃダメだな。



追記更新 14:18
2ちゃんねる見たら、こんなコメントあった。

http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/psy/1471841909/

330 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2016/09/10(土) 22:32:40.61 ID:9GDaNkeh [1/4]
突然ですが、桐山管長がお亡くなりになったとw田局長から発表されたそうです。
8月末ごろにお亡くなりになっていたもよう。

w田さんの天下、もう阿含宗はダメですね。
もっとも最初から嘘でかためた桐山教でしたが

331 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2016/09/10(土) 22:39:04.53 ID:pwLey5TF [1/4]
まじですか???

332 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2016/09/10(土) 23:03:30.61 ID:9GDaNkeh [2/4]
デマかと思って別院に問い合わせたら
明日午後1時からw田局長のご指導があるということです。
興味のある方は行ってみるとよろしいかと
亡くなったことは確からしいです。

337 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2016/09/10(土) 23:49:24.11 ID:9GDaNkeh [4/4]
詳細続報
北海道へ例祭でお出かけ(毎年恒例ですね夏の暑いとき北海道に行ってた)
車椅子で移動、帰る途中ポックリ逝っていたそうです。
w田さんが発見したらしい


んんんーー、どうなんだコレ? 気になってきた。




追記 09/12 23:01

桐山靖雄氏死去 阿含宗開祖・管長

京都新聞 2016年09月12日 15時00分

桐山靖雄氏(昭和60年7月撮影)
桐山靖雄氏(昭和60年7月撮影)

 阿含(あごん)宗開祖で管長の桐山靖雄(きりやま・せいゆう、本名堤眞壽雄=つつみ・ますお)氏が8月29日午後、老衰のため死去した。95歳。横浜市出身。葬儀は10月16日午後1時、京都市山科区北花山大峰町、阿含宗本山総本殿・釈迦山大菩提寺で。

続き http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20160912000069


  

ナチスのマークに似すぎる『生長の家』マーク

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テレビ画面から。2015年8月に録画したものだと思う。

たぶん、先の大戦中にドイツで開催されたコンサート風景だったと思うが、よく覚えていない。
右側が日本の国旗、左側がナチスの党旗、真ん中もナチスのマークみたいだ。
昔の『生長の家』はこれを真似たのかと思うほど似ている。

ナチス、生長の家



  

『新訳仏教聖典』大法輪閣版 オークションに1円スタート商品があった

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古びはあるが、良品に見える。パラフィン紙もまだきれいだ。持っていても欲が出る。他人にたった1円や100円程度で落札されると何か自分が損した気分になる変な心理。買わないけど気になるバカな自分である。

ヤフオク商品ページへのリンク || 新訳仏教聖典 大法輪閣版

新訳仏教聖典
 

06/10
オークション終了間際までに160 円程度で止まっていたようだ。それから競り上がりはじめたのか、1,401円で落札されていた。

  

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日本仏教文化協会発行 『現代語仏教聖典 釈尊篇』より
第一章 道を求めて


第二節  苦悩


 一。太子は、デーバダハ城主の女ヤソーダラーと結婚したが、美しく優しい妃の愛も、善美を尽した夏・冬・雨期・三時の宮殿も、歌舞・管絃の宴楽(うたげ)も、太子を、人生への疑惑から解放し、その苦悩を医するものではなかった。
  「栄華も、健康も、青春の誇りも、この私にとって何であろう。人は早晩病まねばならぬ。そしていつか年老いてゆく。死もまた免れ得ない。生存の喜びは、所詮は消えてゆく泡沫(うたかた)に過ぎないのではないか。
 生きている、ということは、求めている、ということに他ならない。しかし、この欲求にも正しいものと、誤ったものとの、ニつがある。人が、老と、病と、死から、逃れられないことを知りながら、なお、若さと、健康と、生に、執(とら)われていることは誤りであり、この誤りをさとって、老と、病と、死とを超えた世界、人間のあらゆる苦悩から、解放された境地を求めることは、正しいことに相違ない。
 いま私が、求めているのは、この誤ったものではないだろうか。」


 ニ。太子は、ある日、城の東門を出て老人に、他日、南門を出て病人に、またの日、西門を出て葬列に遇い、老・病・死の苦を切実に感じたが、一日、北門を出で、静かに歩を運ぶ一人の修道者に深く心を打たれ、林園に入って、寂かな瞑想に沈んでいた。


 三。薄暮、父王の使者は、王子の出生を告げた。太子は、「ラーフラ(障礙)が生れた」と呟(つぶや)かれたので、生れた王子は、ラーフラと名づけられた。


 四。帰城を急ぐ太子の駕を迎え、少女『美わしのゴータミー』は、高楼(たかどの)から、嬉しさの想いをこめて
   倖(しあわ)せなるかな その父よ、倖せなるかなその母よ。
   かかる子をもちて 倖せなるかな。
   かかる夫に侍(かしず)きし ああその妻は、倖せなるかな。
 太子は、その歌声に、『静かなさとり』を感じ、自ら宝珠の頸飾(くびかざり)をはずして、少女に贈った。

  

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