歯科医院の待ち時間に持って行った文庫本を読んでいた。
昔「1リットルの涙」という亜也ちゃん闘病日記を読んだが、そのお母さんが書いた「いのちのハードル」という本。これも古い。かつてドラマや映画にもなったこの子たちの話は、まさに必死で精一杯がんばって、たくさんたくさんの涙流した人たちなので悲しくなる。

それを読んでる途中で呼ばれて医師や技師さんたちと話をするもんだから、気分の切り替えに少し戸惑ってしまった。読みかけだから持って行ったわけだが、選択を失敗した。軽いものにしとけば良かった。
暗い顔してるわけにはいかないので、何とか笑顔を作って聞いた。
「虫歯のばい菌というのは生き物なんですか?」
「そうですね、口の中には元々たくさんの種類のばい菌がいて、良いものと悪いものがいます。その中で、悪いばい菌だけを退治する治療をしています」
・・・みたいな話。ばい菌というのは悪い奴だけかと思ったら、人間にとって良い菌でもばい菌と呼ぶそうだ。あとで調べたら、黴菌(ばいきん)は、ウイルスや細菌などを含めた「微生物一般」を指すのだそうだ。
ごめんよ、良いばい菌ちゃん。誤解してたよ。
でも悪いばい菌も本人は生きるために活動しているだけなんだけどねえ。ごめんよ、やっぱり我が身が大事なのだ。誰だって痛い目にはあいたくないのだ。

私の小さな歯の病気は置いといて、本の話に戻る。


難病で体がどんどん動かなくなって、会話することも、ベッドの上で文字を書くのも大変になっていった亜也ちゃん。自分にできることは日記を書いて残すことくらいだと頑張って、お母さんたちが出版してくれて、日本中の人たちに読んでもらえた。はじめて働いて得たそのお金で、女の子らしく、思い切ってルビーの指輪を買った。

読者からの手紙が届き始める。亜也ちゃんには酷な内容もあるかもしれないというお母さんの不安もあった。そんな日々、本を読んで勇気をもらった、ありがとう、自分も病気中だけどがんばるという人たちの手紙を少しずつ読み続ける。亜也ちゃんは人の役に立てたという喜びを得た。

彼女があつらえたルビーの指輪は、だんだんと細くなった指でから回りするようになり、ある日指から外れて落ちてしまっていた。お母さんはそれを拾って、黙ってケースにしまった。・・・そういうところで今日は読むのおしまい。

またしばらくは読まないよ。
僕の中では、まだ亜也ちゃんは生きている。
彼女は、こう書きのこしていたそうだ。

「時は永遠の流れです。
 ただ一つ、人間が時をとどめるために考え出したものがあります。
 それは、字をしるすことです。
 そう思うと一時も筆を離してはならないような気になってしまいます」

亜也ちゃんは、今もその止まった時の中に存在している。