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通っている作業場でたまに会うおじさんは、いつも髪を短く刈り上げた坊主頭。今回会ったときは刈ってまだ間もないらしく、また白髪でもあるので頭の肌がまる見え状態。
それで分かったのだが、側頭部を大きく切開した傷あとが残っていた。この人も脳卒中で手術していたのかと、ちょっと意外だった。

普段はみんな病気のことなど話さないが、金になる仕事がないもんかとおしゃべりしているうちに、半身が少し不自由だと聞いた。それで片手でも稼げる仕事がないか考えているとのこと。そういわれてよく見れば、なるほど片方の手は動きが遅い。力も入れにくいのだろう。ちょっと見た程度では健康そうに見える人なのだが、数年前に突然脳出血して倒れてしまったということだった。

半身不随とかになったのか尋ねたら、後遺症は軽い方だったという。そしてリハビリでも大きく改善したようだ。
職場で倒れたので、近くにいた人がすぐに救急車を呼んでくれて、手術するまでが早かったからだという。これがもし自宅で倒れていたら、誰も呼べず気づかれず、どうなっていたか分からない。というか、助からなかったかもしれないと。脳卒中は時間との戦いなのだ。
体が不自由になったころはうつ状態が続き、死にたいと思った時期もあったという。だからいま笑って話してはいるけれど、やはり色々な苦しみがあってそれを乗り越えてきたわけだ。


僕の田舎にいる旧友は若いころ交通事故で何日もの危篤状態にまでなり、三途の川をわたりかけて途中で帰ってきたという。向こう岸から、おじいさんだかおばあさんに(忘れた)、まだ来ちゃいかんと言われたそうだ(緊急時の夢幻なのか現実なのかは自分には判断できない)。

全身負傷・骨折し、頭蓋骨までがかなり割れてしまったらしい。継ぎ合わせても元の骨では足りず、骨盤を削って頭に移植されたという。よく助かったものだ。
それでもまだ完全に骨をはめこめたわけではないので。頭蓋骨の一部には穴が開いたままだった。コインくらいの大きさだったか、皮膚が少しへこんでいるところを触らせてもらった。たしかに骨はなく、ふにゃりとしていた。怖くてちょっとしか押さなかった。医療も日ごとに進歩しているので、もっとあとなら人工骨でも入れられたのだろうが、当時はそこまでの技術はなかったようだ。頭蓋内部にはカバーみたいなのが入れてあると思うが詳しくは聞いてない。
なんとも生命力の強い奴である。
僕らの共通の友人二人が、高校3年生のとき一緒に事故死していた。それから数年後のことだったかと思う。旧友は大学でスポーツをやっていたが、この事故で体を壊したのでその夢をあきらめることになった。その後は専門学校に入り、手に職をつけて働いた。


同じく同級生の女性で、40歳くらいのとき脳卒中で亡くなった人もいる。彼女は我が子の運動会のために心をこめてお弁当をつくり、学校で家族みんなで楽しみ、自宅に帰ってから突然倒れた。助からなかった。
小学生の時から活発でかしこい女の子だった。クラス委員をやったり、近所の小さな子のことをいつも面倒みてあげる優しい子だった。
お母さんとなった彼女の子どもたちはまだ小さかった。

昔の知人友人がもう何人も逝ってしまった。性格の良い人たちが早死にしてしまい、自分のようなクズがまだ生き伸びている。