日本仏教文化協会発行 『現代語仏教聖典 釈尊篇』より
第一章 道を求めて


第二節  苦悩


 一。太子は、デーバダハ城主の女ヤソーダラーと結婚したが、美しく優しい妃の愛も、善美を尽した夏・冬・雨期・三時の宮殿も、歌舞・管絃の宴楽(うたげ)も、太子を、人生への疑惑から解放し、その苦悩を医するものではなかった。
  「栄華も、健康も、青春の誇りも、この私にとって何であろう。人は早晩病まねばならぬ。そしていつか年老いてゆく。死もまた免れ得ない。生存の喜びは、所詮は消えてゆく泡沫(うたかた)に過ぎないのではないか。
 生きている、ということは、求めている、ということに他ならない。しかし、この欲求にも正しいものと、誤ったものとの、ニつがある。人が、老と、病と、死から、逃れられないことを知りながら、なお、若さと、健康と、生に、執(とら)われていることは誤りであり、この誤りをさとって、老と、病と、死とを超えた世界、人間のあらゆる苦悩から、解放された境地を求めることは、正しいことに相違ない。
 いま私が、求めているのは、この誤ったものではないだろうか。」


 ニ。太子は、ある日、城の東門を出て老人に、他日、南門を出て病人に、またの日、西門を出て葬列に遇い、老・病・死の苦を切実に感じたが、一日、北門を出で、静かに歩を運ぶ一人の修道者に深く心を打たれ、林園に入って、寂かな瞑想に沈んでいた。


 三。薄暮、父王の使者は、王子の出生を告げた。太子は、「ラーフラ(障礙)が生れた」と呟(つぶや)かれたので、生れた王子は、ラーフラと名づけられた。


 四。帰城を急ぐ太子の駕を迎え、少女『美わしのゴータミー』は、高楼(たかどの)から、嬉しさの想いをこめて
   倖(しあわ)せなるかな その父よ、倖せなるかなその母よ。
   かかる子をもちて 倖せなるかな。
   かかる夫に侍(かしず)きし ああその妻は、倖せなるかな。
 太子は、その歌声に、『静かなさとり』を感じ、自ら宝珠の頸飾(くびかざり)をはずして、少女に贈った。