カテゴリ

カテゴリ:思ったこと

カテゴリ:
ネットや本で見つけた色々な読み物、ニュース、参考資料などを保存するんだが、あとで読みたいものがわからなくなる。ぼんやりしているので、何をするにも効率が悪い。ボケ気味頭だからこそ活用したいのに。

その点ブログは便利で保存も検索も楽。日付も自動で入れてくれるしカテゴリ分けも簡単。文字も画像も入れられるし最高だけど、ネットにつながないといけない。このブログ構築を自分のパソコン内でできれば良いのにと思っていた。

以前はその方法があるとは知らなかったので、マイクロソフトのホームページ作成ツールをちょっと使った。
Microsoft Expression Web 4」。優れものなのに無料になっていたのだ。たくさんの機能が分からなくても、単純に記事を保存するだけなら自分にもできた。画像もコピペで取り込んでくれる。だけどアホには面倒なことも多いので続かなかった。記事を探しやすくするには一々自分で構成しないといけない。使いこなせれば面白そうだと思うのだが。

そのほかにはアウトライン・プロセッサを使ってみた。これは文章を残すだけなら簡単。だけどwebサイトのような見やすさではかなり劣る。


あとで調べると、「WordPressをローカルにインストールする」方法なんてのがあった。これは評判の良いブログ作成ツールがあって、やり方は簡単だと書いてある。喜んで飛びついたのはずっと前の話なのだが、アホな自分にはやっぱり難しかった。最初のサーバー構築からつまづいている。説明をよく読んでじっくり取り組めばできるかもしれないが、そんな根気がなくなっているからなぁ。でもいつか作ってみたいなあとグズグズしている。

誰か利用したい人、できる人がいたら、これらはきっと役に立つだろう。


カテゴリ:

むかしむかし中学生のころ、田舎で新聞配達のアルバイトしてて、 町にあった卵屋さんにも配達していた。
鶏舎に大きなケージがあって、たくさんのニワトリが飼われていた。彼女らは産卵適齢期を過ぎて殺されるまでの一生を狭い檻の中に閉じ込められて生きねばならない。本当にかわいそうなものだが、生まれて数日で殺されるオスのひよこと、どっちの方が運が良かったのやら。

新聞を配達する時間はまだ暗かった。鶏舎には明々と電灯がついている。たしか1日中明るくしてあったらしい。ニワトリたちが夜でも餌を食べるようにして、いつでも卵を産むようにとか。昔の鶏舎は衛生的ではなかった。無数の小さい羽根が散らばっているし、えさやフンが混ざったにおいが強い。並んだケージの中でみんなが騒ぎながらご飯を食べていて、電灯の光で、こまかい埃が霧のように舞っているのが見えた。

ある日の早朝、ケージから抜け出した一羽のニワトリを見た。たくさんの仲間たちが閉じ込められた監獄が並ぶ合間の通路を、首をふりながら、ゆっくりとこちらの方へ向かって歩いていた。なんだか堂々としているように見えてカッコ良かった。自由を勝ち取ったヒロイン映画の主人公みたいだ。でも彼女は逃げることなんて考えてなくて、そのへんを歩き回るのが楽しかったり、落ちている餌を自由に食べているだけだっただろう。

そのあたりの小さな山の峠に行くと、茶色のニワトリが数羽、自由に歩き回っているのを何度か見た。いつも一羽のオスと、三羽か四羽のメスが一緒に行動していた。どこから逃げてきたものか、こちらは気ままに自然の中でご飯を探して歩き回っていてたくましいものだ。立派なかわいい家族なのだ。彼らのご先祖様はそうして野山で生活していたんだよな。

思い出した。そういえば家でも父親がひよこか若いニワトリをもらってきて、しばらく裏口で飼っていた。大きくなったらメスだったので卵を産んでくれて偉かった。朝にはオスほどではないが、コケコッコーと鳴いてくれていた。新しくもらってきた子犬が、自分よりはるかに大きいニワトリと遊ぼうと飛びつき、くちばしで突かれてないていたことがある。その様子がかわいいしおかしかった。でも犬の方が大きくなってニワトリが負けたことがあり、それから喧嘩しないように注意が必要になったっけ。

カテゴリ:

前に図書館で『性同一性障害30人のカミングアウト』(双葉社2004年)という本を見かけた。何人もの人の話をまとめて読めるのは良いな、と思って借りていた。関心はあったのだが、またもや読む気力がわかない。読まないまま返却期限が来たので延長したが、他に読む人がいたら迷惑かけると思って、それからは頑張って読んだのだ。

最初のFTMの章では、みんなの話の中に虎井まさ衛という名が何度か出てくる。著名な人なのか、この人の存在がとても大切だったらしい。MTFの場合だとカルーセル麻紀さんみたいな存在なんだろうか。僕は全然知らなかったのだが、読み進めているうちに、その本人さんの話もあった。むかし、テレビドラマ『3年B組 金八先生』登場人物、鶴本直のモデルとなった人だそうだ。そのドラマシリーズが人気らしかったのは知っているが、むかしはあまりテレビを見ない生活をしていたので、1度か2度ざっと見ただけだ。それが本放送か再放送だったかも不明。

一度見た記憶では、女優の※〇〇彩ちゃん(有名なのに名前忘れた!)が女子なのになぜか男子用の学生服を着ていた・・・あるいは他の女子みたいなセーラー服を着ずに黒いジャージスーツだったのか?・・。ストーリーは覚えていないがそこは印象に残っていた。のちのち知ったのだが、体は女の子だけれど、男の子の心を持つ生徒の役だったという。[※12/15 思い出した、上戸彩さん]

そのドラマの中で鶴本直が、「自分は化け物じゃない」と叫ぶシーンがあったらしい。これがショックだった。フィクションなのだそうだが、いじめ大国のこの日本では有り得る。性同一性障害の子供たち、相当苦労して生きてきたのだろうなと。


僕の実生活では、30年ほど前にあるミニコミを介して、「体は女性なんだけれど心は男性なので女性が好き」、みたいな人と知り合い、何度か手紙を交わした。彼?の女友達からは二人で写った写真ももらった(ふっくら顔で、まさ衛さん似だったかも)。当時は不思議な人だなとは思ったが、明るい人でさらりと言ってくれるからか、あまり気にならなかった。だけど、これが逆に男性同士ならば少し抵抗があるだろうな、とコメントしたことを覚えている。今思えばどうも同性愛とこんがらがっていたようだ。
僕は女性を好きになるストレートの男性であり、こうしていくらかの差別心はあるわけだが、だから嫌いというわけでもなかった。だって仕方ないじゃん。そう生まれたんだから。あとは人柄の違いなのだ。

タレントのカルーセル麻紀さんが若いころに、何人かの仲間が苦悩のあげくに自殺したと聞いていてショックだった。お店やみんなの前では楽しそうに見せていても、自分ではどうにも耐えられない障害だったのだ。
彼女の勇気ある活動や西欧文化の流入で日本人の考えが変化していき、戸籍の性別を変えられる時代になった。麻紀さんが女性の戸籍をもらったとニュースで知った時には、僕も涙がにじむほど嬉しかった。人となりはごくわずかしか知らないけれど、すっごく苦労した人だし、けっこういい人みたいだったから。報われて良かったね、と思ったのだ。

それから、ニューハーフの〇〇愛ちゃん、この子もマキさんの次世代としてよう頑張った。すごい意識改革をもたらした人だと思う。

・・・と言いつつ、またも有名人の名前を思い出さない・・・。うーん、今日は物忘れ絶好調である。ニューハーフという言葉は何とか思い出したんだが。ニューフェースとちょっと違うようでだいぶ違うなとか考えながら。ボケすぎだろ? わし。 名前はネットで調べずに、自分で思い出すまで放っておこう。


おっとっと、もう一つ忘れるところだった。
TGLBだからって、だれもがカミングアウトする必要はないし、簡単にしてはいけない。したい人だけすればよいことなので、他人に左右されちゃダメだ。言いふらされて自殺した人もいるんだから。命と性はどっちも重い。
(12/15_23:38更新)


追記 検索してブログ見つけた

虎井まさ衛の閲覧室
http://melcumis.at.webry.info/

なんと、スピリチュアルなブログもやっていた

あなたはもう幸せなのに/守護霊様とおしゃべり!
http://lorenzo.at.webry.info/theme/774615b823.html
http://lorenzo.at.webry.info/

カテゴリ:
今の住居に引っ越してきて、もう4か月ではないか。驚異的なスピードで時間が過ぎていく。まだ何にもしていないのに、どうすんねん・・・
と思ったが、先日書いていた目標分は達成したな。でもこれって本来は急げば1か月でやれたことなんだよな。のろますぎな自分が嫌になるが、仕方ないや。

あと、今回の住居ではできるだけ持ち物を処分する期間にして、1年後にたぶん最後になりそうな賃貸住居を見つけて引っ越すつもりだった。ところがちっとも物が処分できない。雑誌をやっと3冊くらい見直して捨てただけだった。

7,8年前に大阪に戻ってきたときは、ザック(パックパック)一個だけの荷物だった。これだといつでもどこにでも一人で持って動ける量だ。物は特に欲しがらない自分のはずだったが、それから何年かたつうちにやたらと荷物が増えていった。今回引っ越してきたとき部屋の真ん中に全部積み上げて見て情けなくなるほどショックだったのだ。

引っ越し荷物を運搬してくれたお兄ちゃんたちに、「一人暮らしなのにこれは多すぎるよなー」と苦笑いして言ったら、少ないほうだと言っていた。だけどそれは電気製品を持っているかどうかということみたいだったので、私とは違う別系統の暮らしの人だ。自分は大型家電とか家具を持たないから、その分かさ張らないというだけなのだ。

いつだったかテレビでNHK朝の情報番組を見ていたら、ミニマルライフとかいう生活をしている人たちが増えていると紹介していた。
その人たちは、洗濯機や冷蔵庫を持たない、炊飯器や電子レンジ、トースターを持たない。冷暖房器具やほかにテレビ掃除機を持たない人もいる、という風。ここに並べたのは全部家電なんだが、そういう物は私も一つも持っていない。だがエアコン付きの部屋だし、テレビはパソコンで見ているし、レコーダーやチューナー、ラジオなどは持っている。扇風機もあるし、引っ越してきて800円の中古ラジカセも買った。家具系で大きいのは1000円なりのカラーボックス1個と、ベランダボックス1個。あとは持てる程度の箱がいくつもあり、本やらなんやらゴタゴタした小物があり、これが場所とるのだ。ミニマル何とかいう人たちは、いろいろな種類の物がすべて少なくすっきりした部屋で暮らしていて、本当に気持ちよさそうだ。自分はそんなに極端な暮らしをしたいわけではないけれど、部屋が片付かないので、時々いやになる。

先日エレベーターが故障して、しんどい目にあった。次は低い階の部屋を探して住まないと、地震があったときなど長期えらい目にあってしまうと実感した。また頑張って荷物処分しなくちゃ。急げ、自分よ。

カテゴリ:
(一部修正)

大阪のテレビ番組見ていたら、堺市にある「仁徳天皇陵」が紹介されていた。
宮内庁では表向き仁徳天皇の墓だと認定しているが、確実な証拠があるわけでもなく、作られた時代が半世紀ほど違うらしい。そのため正確さが求められる現在の教科書では、地名をとって「大仙(だいせん)古墳」とされているんだと。インタビューされた若い子たちもそう呼んでいた。いまだに仁徳天皇l陵と呼んでいる大人たちとのギャップがすごい。大人でも歴史好きな人には常識なんだろうな。

堺市では近辺の古墳群を世界遺産にしたいと活動していたからか、大仙古墳という名称は何度か聞いたことがある。しかしそれが仁徳天皇陵のことだとは、今まで全く知らなかった。 ある教科書出版社では1984年ころから名称をどうするで迷っていたようだ。2002年ころから教科書で大仙古墳という名称が使われるようになってきたみたい。・・・※とテレビを見て書いていたが、ウィキペディアにいろいろ載っていた。
大仙陵古墳 「1976年(昭和51年)以降、より学術的な遺跡の命名法に則り「大仙陵古墳」の使用が始まった。」⇒名称の変遷と混乱


堺市にはむかしむかし仕事で数か月だけ住んでいた。世界最大規模の墳墓なので関心はいくらかあったが、近いのに見に行ったことはない。テレビでは航空写真の全景を何度も見ているが何しろ広すぎて、そばへ行ったところで目先の狭い景色しか見えず、さっぱり実感のわかない場所だと思う。でも、一度くらいは行って見たい気もしてきた。

カテゴリ:

昨年末に今年の目標を決め、1月か2月内でスマートに終わるだろうと思っていた案がある。ちょっとは遅れるとしてもたいしたことではないだろうと。
ところが毎日の時間が魔法にかかったごとくあっという間に過ぎ、月日がすっ飛んでいき、目標達成が遅れたまま11月になった。

このままではイカンと、いくらか焦り気味でやっと決めた最後の2件が昨日終了するはずだった。それが午後3時までという店舗の業務時間を忘れていて間に合わず、また伸びてしまった。
そして今日の昼、時間があるので落ち着いてゆっくり行けるなと安心して構えていたら、なんと・・・また忘れていた。バカかわしは・・・。いや、分かっちゃいたけどさ。
もう週末だ仕方ない。来週の月曜はなんとしても決行するんだぞ自分よ。
ということで、これを気合入れとしよう。


カテゴリ:
作業場のある仲間が裁判がどうとか話しをしていた。なんだ? と思って聞いたら、あの裁判員制度の裁判員に選ばれてしまったという。こんな身近でも本当にあるんだなと驚いた。どんな内容かは秘密にしないといけないらしいが、プレッシャーかかるぞ。

好奇心の強い人は興味あるだろうけれど、私だったらやりたくないな。なんでただの一般人が神経注いで判決にかかわらなきゃならないんだと思う。法律や犯罪の勉強している人ならふさわしいし、大方進んでやりそうな気がするんだけど、それではだめなのか? 

ひどい事件にあたった人もたまらない。裁判員になって精神的な障害こうむった人だっているそうだし。
顔は覚えたからな、とヤクザ?に脅された裁判員もいるとニュースで見たことある。
何よりも、人に罪を定めるということに、一般人がかかわっていいのか、宗教とか信条の問題で拒否するとかできるのか、なんて特に興味はないが、一応これだけメモしておこう。


裁判員の選ばれ方
裁判員はこうして選ばれます
http://www.saibanin.courts.go.jp/introduction/how_to_choose.html

産卵中に光を嫌うらしいウミガメにライトを照らす観察現場

カテゴリ:
日本のある海岸に毎年ウミガメが上陸して卵を産んでくれるそうだ。その観察現場が週刊新潮(8/11・18)のグラビア写真になっていた。ウミガメは産卵中に光を嫌うので、照明の無いこの浜を選んでいるという説が有力だそうだ。

写真のウミガメは一人で落ち着いて卵を産みたいだろうに、何人もの保護団体? の人間から周りを取り囲まれ、嫌いな明かりを照らされてじっと見られている。彼女にとっては恐ろしい一夜だったかもしれない。ウミガメがかわいそうすぎると思った。暗視カメラとか自動撮影にして遠くから観察するとか、もう少しどうにかならんのか。

18

誰だって生きている意味はある。・・中島みゆき「命の別名」カバー 鏡音リン

カテゴリ:
中島みゆきさんの歌、先日リンクしていた動画が削除されていたので、
「ぶにぴー」という人がボーカロイドでカバーされたのを見つけた。
耳コピーで作ったそうで、すごい音感だと驚く。


【鏡音リン】命の別名(ケロケロバージョン)-中島みゆきのカバー曲です。
ぷにピー  2011/02/08 にアップロード

1998年1月9日から3月27日までTBS系列で放送されていたテレビドラマ
「聖者の行進」のテーマ曲です。
CDが発売された当時、耳コピーで作ったMIDIです。途中のギターのソロが
少し残念な感じがしますが、ご了承ください。

説明の続き⇒ https://youtu.be/2L-m4tUssZE
(ノーマルバージョンもある)

この歌はテレビドラマ『聖者の行進』テーマ曲だったという。私はそのころ数年テレビをほとんど見ていなかったので、今まで全く知らなかった。ウィキペディアによると、
内容は水戸事件(水戸アカス事件)を基にしたもので、題名は純粋な心を持つ知的障害者達を聖者になぞらえるとともに、ドラマ内で彼らが演奏するジャズナンバー「聖者の行進」からとられている。
それで今年の相模原障害者施設殺傷事件と重ね合わせる人がいたんだな。
この犯人の思想は、長谷川豊の人工透析患者が泣くなら殺せ、という命の差別と同類なんだ。


みゆきさんの曲から歌詞の一部
『うたまっぷ』より http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=64815
何かの足しにもなれずに生きて
何にもなれずに消えてゆく
僕がいることを喜ぶ人がどこかにいてほしい

石よ樹よ水よ ささやかな者たちよ
僕と生きてくれ
・・・・

石よ樹よ水よ 僕よりも
誰も傷つけぬ者たちよ

この歌いいと思う。
それで勘違いする人がいてほしくないんだが、人は何かの足しになる必要は無いんだよ。お荷物になるのが辛いという気持ちはわかるけれどね。そんなもんじゃないんだよ。
人は親の意思や行為の結果生まれただけで、それは古代からのDNAたちの生存欲求の連鎖に過ぎない。
人が生まれる素因にたいした意味も使命もない。虫や動物たちとわれら人間は同類なのだ。

ただ人間として生まれたからには自分を特別な存在なのだと思いたい、生まれた意味、生きる意味を見つけたいと、そう思う人たちがいるだけなのだ。でもそんなに大したことじゃない。生きていくからには何かを為していく。それで意味が生まれていくじゃないか。

それからさ、障碍者が生きていくには人より手がかかる、金がかかると差別を受ける、だけどな、そのおかげで医療や科学が発展し、企業があり経済が回り、雇用の場も広がっているんだよ。だから例え重度障碍者だって、何かの足しどころか立派に他人や社会の役に立っているんだぞ。だから気にすることない。あとは自分の辛さをどうするかだね。

そして人それぞれ、悪くないと思えるようなことを、自分ができることをすれば良いだけさ。
それは健常者も障碍者も同じなんだから。

このページのトップヘ

見出し画像
×