2019.2.3 ジャーナリスト 溝上 憲文
PRESIDENT 2018年11月12日号

総合商社退職後、夢の実現を志した谷川洋さん。アジアの貧困地帯を駆け巡り280超の学校を建設
50歳で出世と訣別。世のため人のため、何ができるか――
谷川洋さんのサラリーマン人生の転機は50歳のとき。総合商社の丸紅に入社後、国際業務部門、鉄鋼部門、営業推進室長を経て、経営企画全般を担う業務部長に上りつめた。その直後に妻が乳ガンを発症〔中略〕

それから闘病生活4年半を経て妻が亡くなり、さらに妻の母の介護を2年やり、看取ったときは57歳。〔中略〕子供たちは社会人として自立していましたし、私1人なら企業年金と公的年金で何とか暮らせますし、60歳からの第2の人生は別の生き方をしたかった」と語る。
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